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06/3/1 日本橋三越劇場「BSジャパン特選落語会」番組収録
寒月
ラジオやCDで耳から入る落語にはわくわくできるのに、不思議で仕方がない。
TVで見かける落語は、なんであんなに味気ないのだろう?
と冒頭から、BSジャパンを否定するようなことを言ってしまいますが、やっぱりTVの向こうの落語はよくない。
実際の会場の幸福感を8割方カットしてしまっています。
これは由々しき問題だと思うんだけれども、うーん、うまく表現できずに、もどかしい。
同じ物でも、ただの塩化マグネシウムと、奄美の天然塩がちがうように、風味が全然違うのだ。
実際に足を運んで見ると、会場はサラウンドだ、ということが身にしみて分かります。
後ろの席の人の息づかい。
高座に注がれる視線の厚みとその照り返し。
でもって笑いが笑って渦を巻く瞬間の一体感。
TVとはそもそも、たたみこまれている「波」の量が違いすぎるのです。
皮膚呼吸、ということでしょう。
ここで勢いあまって人間カエル論なぞを立ち上げてしまいますが、人は、所詮カエルなんです。
会場の人は、皮膚呼吸をする。
耳だけを鋭敏にする人も、皮膚呼吸する。
TVだけが、皮膚を置き忘れて、反カエルメディアになってしまった。そんな気がします。
もっと泳がなきゃ。
たい平「湯屋番」。
いきなりガツンと眠気覚ましの一発。やられました。個人的に今回一番の衝撃でした。とにかく速い。二階でやっかいになってる十階の若旦那、から、こき飯のそぎ飯から番台で妄想の暴走まで、たったったったったーっと一気呵成に聞かせるそのスピード。早口なのに耳にすっと入って快いのはそれだけ口跡がきれいな証拠でしょう。湯屋の客の目線に振るところも落差が生きていて実に良かった。
小遊三「鮑のし」。
小遊三さんの甚兵衛さんはタレントのボビー・オロゴンさんに似ています。言葉の出てこない感じといい、図体のでかそうな感じといい。似せたつもりはないでしょうけど、イメージしやすい人物造詣に好感。うかうかとした気持ちをうまく声に乗せる、その円熟味が増してきたような気がします。
鶴光「袈裟御前」。
この人は、まじめな人ですよね。「鶴光」に期待されていることを、律儀にやろうとしている。いちいち脱線して地口で落とすのですが、馬鹿馬鹿しさよりかは、几帳面さを感じました。東京でやるからといって、「隅田川」や「浅草」の地名に置き換えたりは、しなくてもいいんじゃなかろうか。窮屈感が残ってしまったのが残念。
好楽「かわり目」。
マクラがお酒の話で、本題もお酒の噺、というのはもう少し工夫が必要でしょう。夫婦の掛け合いは丁寧なのですが、間延びしてしまうところも。この奥さんの造詣は難しい。相当輪郭の強い人にしないと、説得力がないように思えます。うどん屋が出てくるところからは少し好転しました。
圓蔵「反対車」。
ご夫婦で、医者の診察を受けたところ、夫婦ともに異常なかった。そのことが、嬉しくて、帰り道のタクシーの中で奥さんの手を握ったら「何しやがんだ、このやろっ!」手を振り払われた。「あたしはもう、情けなくって・・」そういうことを、圓蔵さんは、心底悲しそうに言うんです。それを聴かされたら・・・、ねえ。愛さずにはいられないですよねえ。人柄をさらけだして尽きないマクラの強さに、ぐわんとやられ。噺でまた、ぐわんとやられ。いつまでも聴いていたい、そう思えた至福の時間でした。
ここで、中入りをはさみまして。
花緑「長短」。
初めに小噺で「気の長い泥棒」をやったんですが、笑いが薄いと思ったのか、「これほど沈むとは思わなかった・・・」と言ってしまった花緑さん。自信無げに見えてしまい、少々残念でした。嘘でもいいから、高座にいるときは天下をとっていて欲しい。出来は悪くはなく、僕の前の席にいた小学生くらいの女の子に非常に受けていたのが印象的。
楽太郎「猫の皿」。
マクラの同窓会の話で、同級生に「楽太郎、おまえ、いくつになった?」と聞かれる。同い年なのに。でもそうたずねたくなる気持ちも分かる程に、楽太郎さんには年輪の気配がない。老けない。もう10歳ほど年齢を重ねて、がくっと老けた時の楽太郎さんに僕は興味があります。それはおそらく、今ととのってある噺の器が、壊れることを期待しているんだろうなあ。
談春「真田小僧」。
花緑さんの邪気のない芸に対抗して、邪気あふれた噺をぶつけたい談春さん。そこで先刻の女の子を観察してましたら、ぽかーんと不思議そうな顔で見上げるばかりでちっとも笑わず。実に対照的な反応が面白かったです。欲を言えば、話の展開は読める噺なだけに、金坊と父親の照れや可愛げ(父親の可愛げ!)をもっともったいぶっても良かったと思います。
権太楼「人形買い(前半)」。
マクラの、特にお客さんの揺さぶり方に熟練を感じました。座布団の縫い目のない方が表で、縫い目を人に向けちゃいけないのは「縁を切らないように」というゲンかつぎで・・・、客席に「へーっ」て空気が流れたところへ、すかさず、とんっ、と「ここぁカルチャーセンターじゃねえんだから!噺家の言うこと信じちゃだめっ!」と叱りつける。芯の図太さを感じさせる笑いです。いいなぁ。
金馬「ちりとてちん」。
権太楼師匠がマクラで勝負しているとしたら、金馬師匠は噺の完成度で勝負。導入は小噺「お世辞」。「この分なら山は火事だんべえ」。ほめ上手の話から、嫌な奴を「酢豆腐」でやっつける話へ。以前聞いたことのある、笑福亭福笑さんの「ちりとてちん」と比べると、非常にあっさり風味。過剰にしないのが、金馬さんの味でしょうか。
三越の地下には食品街があって、うまそうなものがたくさん並んでいましたが、それに負けず劣らず、デパ上にもうまいものが並んでいました。
BSジャパン様万歳。また、ぜひ次回、次々回を期待しております。
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