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2006/1/6 渋谷PARCO劇場「志の輔らくご in PARCO Vol.10〜其の壱〜」
1/16 渋谷PARCO劇場「志の輔らくご in PARCO Vol.10〜其の参〜」
三谷潤一
話題の一ヶ月公演。
「パルコや正蔵襲名披露興業があるので、にぎわい座での独演会は年内最後。しばしのお別れとなるので長時間になってしまったことをお許し下さい」と言っていた昨年10月3日の「志の輔noにぎわい」は10時終演だった。
「試し酒」も「帯久」もゲストのモロ師岡氏(ソロライブ直後で喉を嗄らしていたにもかかわらずの熱演)も素晴らしかった。
あのときに気合の違いを感じたのだった。
わくわくしながら渋谷に向かった。
自分で言うのもどうかと思うが、ライブによく行くようになってからはどこか慣れてしまって、始まる前からわくわくできることはそう多くない。
しかし、この日は期待感いっぱい、いつになく開演前から興奮気味だったような気がする。
「其の壱」も「其の参」も期待に違わぬ面白さ。
これは「伝説」になるんじゃないか?
「あの志の輔パルコ一ヶ月を聴いたんだぜ」と生涯自慢が出来る機会を得たんじゃないか。
文楽最後の高座や志ん朝七夜のように。
其の壱
「はんどたおる」
「ガラガラ」
仲入り
「新版・宗民の滝」
「はんどたおる」は言わずと知れた男女の価値観の違いを見事に描いた名作。
一席目と二席目の間に「六人の会」の五人による志の輔師へのエールのようなビデオが流れて、「落語の夜明けは近いぜよ」と小朝師匠が書いていたけれど、落語家一人で一ヶ月興行、即日完売なんて前代未聞。世界記録だよな、きっと。
「ガラガラ」はまともな人が狂気に走るコワサが爽快で素敵だ。
「ガラガラ」では最後に大きな金色の玉がいくつもの小さな玉とともに落ちてくる。
これは初演時と同じ趣向。
大いに笑わせて休憩に入ると、さて「おたのしみ」とされている演目は何だろう?と期待感がふくらむ。人情噺なんだろうなあ、と思いつつ。
「新版・宗民の滝」足りなかったことに気がついてからの件に泣かされる。
この噺、パルコ十周年という節目を迎えての新たな決意表明にも聞こえた。
其の参
「踊るファックス」
「メルシー雛祭り」
仲入り
「宇野信夫作・江戸の夢」
其の壱のときもそうだったが、客席がうきうきしている、というか「笑うぞ!」と身構えている感じがある。珍しいことではない。
三谷幸喜作品やクドカン作品、伊東四朗一座など人気の高い公演ほどそういう空気にぶつかる可能性が高い。藤山直美のもそうだ。
自分だってそういう客だった。今でもそういうところが無いとは言い切れない。
前半二席は気になるほどのことではなかった。
「江戸の夢」のときには、笑おうとする気負いに押されて大しておかしくないところでも笑い声が起きていた。
それが、繰り返されていく内にどんどん小さくなっていく。
後半は全くの静寂。
婿の秘密に気がついてからの夫婦の対応の違い。
あの切り口から唐突にも聞こえる下げ。
一瞬の間の後の拍手の大きさ。
だんだんと客席を静めていきながら、感情を高めさせていた証し。
「落語はこういう楽しみ方もあるよ」と客まで育ててしまっていた。
帰り際、エレベーターが混みあうため、周りの声が聞こえる。
「いやあ、良かったなあ」「すばらしい」
「横の人が寝てて、よっぽど起こしてやろうかと思った」
あの志の輔パルコ一ヶ月公演に行って寝ちゃったよー、と自慢できるかもしれない。非難されるのは覚悟の上で。
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