●2012/7/30.月小劇場楽園
「モロ師岡&楠美津香/夫婦別姓コレクションふたたび」
弁十郎
[本文]
すごいものを見た気がする。
以前、とても怖い映画を見て、体のいつもと違うところに鳥肌が立ったことがあるけれども、
今回は思わぬ部分、あるいはしばらく忘れていた“場所”から笑いがこみ上げてきたようだ。
一人でコントや「サラリーマン落語」、また俳優としてスクリーンや
画面がぐっと引きしまる存在感を放つモロ師岡さん(『渦』でも演じた、
感情の変化や体に受けたダメージをつぶさに語りながら試合を続けるボクサーは圧巻だった)。
同じくコント、そして一人でシェイクスピア、泉鏡花作品などを連続上演している楠美津香さん。
この“別姓夫婦ライブ”がどうなるのか、事前にさまざま思い浮かべたのだが想像がつかない。
それぞれのライブで夫婦仲についての話題は出ていたけれども、あくまで舞台上でのことだ。
たしか結婚当初、『ラジオビバリー昼ズ』にゲスト出演したご主人が、
交際のきっかけやデート中の話題、家での会話などについて語り、
そのすべてがおたがいの(コントの)ネタがらみであることを高田先生に鋭く指摘されていた。
数年前、奥さんがあるライブで「最近、娘が部屋を閉め切って一人コントをしているんです。
絶対に入っちゃダメと言われているので、声だけ聞いていたら“この拳銃、お母さんからもらったの。
バーン!!”って、何だかすごく面白そう」と、やはりコントがらみ……。
結局、想像するのをあきらめ「実際に見なければわからないだろう」と、当然過ぎる結論を出して下北沢へ。
開演前から、2人のトークが始まっていた。
モロさんはまっすぐ前を見ていることが多く、美津香さんは時折ご主人に
視線を送りながら日常のこと、これから始まる内容などを語る。
笑いをまじえながら、でも適度な緊張感と一緒に、何となく油断の出来ない雰囲気が漂う。
開演、まずモロさんの“リストカットする芸人”。
巡り合わせなのか、大切に練り上げているからなのか、この演目と出会うことがたびたびある。
しかし、単にくり返し演じられている印象はない。
いつも新鮮というより、体の具合と生活に苦しむ芸人さんが「食えませんよ〜」と言いながら、
今夜もまた登場した感じだ。
続いて美津香さんは、演歌1曲流れる間に和服の着付けを終える高速の“逆ストリップ”から、
有閑で日傘をさし、東京へ出かける『軽井沢夫人』へ。
直前にモロさんが「いきなり、これか」みたいなネタを出したのに遜色なく、
東京の路上で次つぎと起こる出来事に立ち向かう姿は、一人芝居での蓄積が相乗効果を生み、
いっそう迫力を増した気がする。
それぞれのレパートリーの次に始まったのが、女医と患者の2人コントだ。
「どうしました?」
「眠れないんですよ」
「あたしも」
「え」
等々、それだけでもかなりのレベルでやりとりが続くのだが、
間もなく大セクハラ合戦(言葉のアヤです。実際はそれ以上)が展開しようとは、誰が想像していただろうか。
女医の方から「初心(うぶ)なネンネじゃあるまいし!」が飛び出した瞬間が最高の盛り上がりだったと思う。
何という夫婦だろう。
さらに、何でも出来そうな可能性まで感じさせる。
最終コーナーはモロさんのギター弾き語りのあと、美津香さんも加わったのだが、
ここで近松(門左衛門)に出会うとは思ってもみなかった。
「此の世のなごり。夜もなごり。死(しに)に行く身をたとふれば」……
『曽根崎心中』より「道行」の一節が、懐かしいポップスのメロディに乗って、
ギターが激しくなるにつれて歌い手も劇的にシャウトする。
近年、質の高いパロディに飢えている身にとって、バンザイしたくなるような嬉しいエンディングだった。
(『曽根崎』のアイデアはもしかしたら……と思っていたら、
やはり楠美津香ライブで歌われていたものと後で知った)。
予測不能だったライブは一見、正攻法のメニュー(項目として)で進行しながら驚きと笑い、
そしてドラマの連続。まさにライブ。
それを伴走するように支えていたのは、別姓夫婦の間に通い合う強いコミュニケーションだったのかもしれない。 |