2003年9月26日築地ブディストホール「立川談春独演会」
密偵おまさ
普段に増して、濃密だった9月の立川談春独演会。
ほぼ時を同じくして、浅草では超がつくほど豪華な「浅草名人伝説」が開催され、
他にも、立川流の落語会がいくつかあったりしたせいか、
普段よりも空席が多かったように見えた。
談春さんの独演会は、聞きに行くたびに、場の空気が濃密なような気がするのだけれど、
今回は、いつもに増して開演前から濃い空気が漂っていた。
(とはいえ、落語を聴き始めて半年かそこらなので、他の噺家さんの独演会に行ったことはないから、
当てにはなりませんが)
時間になって「鞍馬」とともに、ちょっと足をかばった歩き方で、談春さんが登場。
月初めの、談志師匠との親子会でくじいてしまった経緯が、マクラでたっぷりと。
その合間に、今日は何をやろうかと演目を客席に相談?して決めるというのは、
談春さんなりのサービスだろうか?
最初が9月の演し物として予告されていた『宿屋の仇討』。
普段、独演会の演目がわかっていても予習をしたことはないのだけれど、
どういう風の吹き回しか「速記本を読んでみよう」などという殊勝な心もちになり、
読んでしまって大後悔したのが『宿屋の仇討』。
クライマックスに向かってサスペンスを効かせた噺だからこそ
「どうなってしまうのか?というワクワクドキドキ感を、談春さんの噺で味わいたかった!」
と思ったけれど、後の祭り。
それでも、一回読んだストーリーを忘れようと努力してみた。
でも「案ずるより生むが易し」ということわざ通り、見事に「ワクワクドキドキ」しながら聞くことができた。
これは、忘れようと努力した甲斐があったというよりも、談春さんの噺に引き込む力が強かったからというべきだろう。
途中、伊八が廊下を歩く足音をたてるところが、普段ならなんでもなくできるのだろうけれど、
足をくじいてしまったせいで、痛そうだなと思っていたら「イテテ」という合いの手が入ったのは、ご愛嬌だ。
そして2席目が8月にやるはずで、持ち越しになっていた『化け物使い』。
人使いが荒いことで有名なご隠居が、奉公人の権兵衛にも逃げられて、化け物屋敷に一人住まいになってしまうが、
化け物も悲鳴をあげるほど、こき使ってしまう。
このご隠居は、普通にやると単なる“クソ爺”になってしまいそうなのだけれど、
談春さんのご隠居には、憎めない愛嬌があって、出てきた化け物に合わせて仕事を振っていくところが、妙にかわいい。
いつもだと、2席終わったところでで仲入り。
ところが袖のお弟子さんに向かって時間を確認したら、9時近いということで、そのまま3席目の「文違い」に突入することに。
足をくじいちゃったという、親子会の最後がやはり『文違い』。
談志師匠が舞台の袖で最後まで、ずっと聞いていらしたという。
前にも他の噺家さんで聞いたことがあったけれど、この親子会で聞いて、大好きな噺になったのだった。
向こうっ気が強くて、ポンポンと小気味いいテンポで田舎者の角造から、
まんまと15両という大金をせしめたかと思うと、
お金を出し渋る間夫の半ちゃんから足らない5両も巻き上げて、
地色の芳っさんにその20両をそっくり貢いでしまうお杉。
苦界で生き抜いてきた女のしたたかさと、好きな男が「すぐに医者へ行く」と帰ろうとする時に拗ねてみせる浅はかさ、
騙されたのは自分だとわかった時の不機嫌な感じ、
なんだか女という生き物をすっかり見透かされているようで、怖くなる。
一方、お杉にまんまと騙された田舎者丸出しの角造、
いかにも人の良さそうな半ちゃん、
そしてお杉を騙して20両せしめた芳っさんの苦みばしった色男振りが、くっきりと眼に浮かんでくる。
結局、2時間20分あまりをただ一人、高座でしゃべり続けた談春さん。
それを客席にすわり続け、聞き、笑い、手を叩いたお客。
いつもに増して濃密な空間に身をおくことができて、満足、満足な一夜だった。
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