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●08/10/27.東京芸術劇場小ホール
「バキューン、ふわふわ。福笑・鯉昇二人会 」
寒月
福笑さんと、鯉昇さん。どちらも久しぶりだ。
鯉昇さんは、かなり引き出しを持っている方だが、おそらく、二番手がお好きな人だと思う。
主役より盛り立て役。
特に、二人会の時は、先輩後輩関係なく、仲入りをはさんで前後にあがることが多いように思う。
他人にどう思われようとも、謙虚に図太い。自分の価値観にブレがない人だ。
対するに、福笑さんは、トリ。トリにこだわる人だろう。
腕への自信もさることながら、自分を追い詰めるべく大きな方を取る。
しばしば、芸人としての自負を口に出すのは、あえて逃げ場をなくすためだ。
高飛び込みの台にあがって、しんどいしんどいしんどい果ての、麻薬のような達成感が好きなのだろう。
キャラクターの持ち味も、ちがう。
鯉昇さんは、あきれる人を描くのがうまい。
あきれながらも、状況に巻き込まれて、まんざらでもない。
福笑さんは、自意識にふりまわされる人を描くのがうまい。
他人の目に勝手にとらわれ、勝手に悪化させていく。そこがおかしい。
一歩ひく、鯉昇。
一歩出る、福笑。
ひとことで表すなら、そういう会だったろうか。
かみ合うようで、かみ合わない。
かみ合わないところにバチバチ磁場が発生している。
そんな不思議な会だったように思う。
開口一番は前座、志ん坊さんの「無精床」。
志ん坊さんは、子ダヌキが前座に化けたらこうなりました、という感じの、まさに前座が着物を着て歩いているような人。
落語も、とにかく、明るくはきはき。
自分のスタイルができたら、どう変わっていくのだろう。気になる人である。
福笑さんの一席め。
自宅のトイレでタバコを吸う習慣で、ついつい灰を、腰掛けている股の間から下の水に落とす。
が、灰は自分のあらぬ部分に。
かけつけて来た奥さん、股間を押さえて悶絶する様子を見て、
「お父ちゃん、また知らんとこで病気もろてきて!」と、苦しいわ怒られるわ。
「こんなつかみはいかがでしょうか」
どっと沸く客席。
見事につかまれました。
取りかかるのは古典の「代書屋」。
が、噺に入る前に、無筆が当たり前だった時代の想像から、代書屋の人となりを造形していく。
字が書ける、という優越感があったろう。
加えて、もっといい勤め先もあろうに、代書屋になっているのだから、鬱屈しているにちがいない。
そうした地ならしをしておいて、いざ出てきたのは―、いかにも陰気な、代書屋。
そこに例のごとく、無筆で素っ頓狂な男が、履歴書を書いてくれとやってくる。
生まれた年かと思えば、馴れ初めの年だったり、就いた仕事かと思えば、三日も持たずやめていたり。
そのたびに一行抹消。
声を押し殺して、口の形だけで「あほ」と吐き捨てる代書屋が、たまらなくおかしい。
無筆に笑えて、代書屋で笑える。
一粒で二度おいしい代書屋だった。
つづいて鯉昇さん。
この後、福笑先輩との打ち上げの場があるので、体力を温存しておきたい、と、
冗談だか本音だかわからない理由を述べて、すぐに噺に入る。
季節にはいささか早い「二番煎じ」。
寒い寒い夜の、火の用心を丁寧に描いておいて、
圧巻は、なんと言っても、番小屋でシシ鍋を食すシーン。
猪の肉、長ネギを、味噌仕立てで。熱燗つき。
じつにおいしそう。
鯉昇さんの派手な顔立ちは、こういう時にじつによく生きる。
煮えた長ネギを、前歯で噛むと、芯がぴゅっとのどの奥へ飛び出して、目を白黒させる。
手首から、腕の方につたう汁をなめあげる。
箸でつまんだ肉で、鍋底をさらう。
しんしんと冷える夜のイメージとあいまって、そういう細かい演出が、五感を刺激する。
あー、おなかすいた。
正直、この噺一本で、福笑さんの噺二本に、拮抗していたように思う。
そのくらい、腹の虫に、直接ずんと響く落語だった。
仲入りをはさんで、鯉昇さん。
サルが人間を観察して、進化していく話、をまくらに。
これまた、やや季節はずれの「鰻屋」。
ただ酒が飲みたい二人が、鰻屋へ。職人がいないから、不慣れな主人がさばく。
うなぎをつかもうとするが、うなぎはぬるりと前へ。つかもうとするが、前へ。
高座から立ち上がり、そのままうなぎに連れられて、立ったままソデへ。
・・・鯉昇さん退場。
「どうぞ、ごゆっくりー」
だって。
あっというまに終わった。
こういう透かしを、ぬけぬけとやってしまえるのも、鯉昇さんの魅力の一つだろう。
案外こういうネタの方が後々まで記憶に残ったりする。
長めの出囃子のあとに、福笑さん。
全体の時間がおし気味だったので、鯉昇さんは気を利かせてくれた、のだとフォロー。
でも自分は、時間は考慮しない。客が満足するまでとことんやる、と宣言。
盛り上がる客席。
新作「釣道入門」。
釣りの名人と、初心者が、連れ立って渓流釣りに行く。
ぞくぞくと釣り上げていく初心者を横目に、いっこうに釣れない名人。最初は鷹揚にかまえる名人だが、
「はっはっはっはっ、まーた釣ーれたー」
隣がはしゃぐたびに余裕をなくしていく。ついに逆上。
石投げ込むわ、踊りこんで川濁らすわ。・・・が、急流に溺れ、逆に助けられる始末。
「もう、わたし、頭丸めます」「安心せえ、あんたもうさっきから、ボウズや」
プライドが傷つけられていく様が手に取るようにわかる。福笑さんの真骨頂。
初めてきく噺なのに、全然初めてのような気がしない。誰もがおおかた予想がついて、誰もが笑う。
黄金パターンのような噺。
こういう新作は、簡単に作れるようでいて、なかなか難しいと思う。
二人会は、二人で一つの絵が見える会と、そうでない会とがあるが、
今回のこれは、そうでない会の方だった。
とはいえ、見えるばかりが華でもない。見えないもやもやが楽しい会だって、ある。
というのを実証するような会だった。
お二人の組み合わせを思いついた人に、僕は素直に感嘆します。
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