●2017/5/18.木 新宿サンモールスタジオ「劇団チョコレートケーキ第28回公演/60’sエレジー」(脚本:古川健、演出:日澤雄介)
岡町高弥
旬の劇団だけにチケットも完売のようだ。舞台はとあるアパート、自死を選んだ72歳の飯田修三(足立英、年老いた声は高橋長英)の遺書を発見した警察官が読み解く形で修三の生涯を振り返る。この導入部が秀逸で一瞬にして昭和35年の東京下町小林蚊帳工場に変わる。
修三は会津から集団就職で中学を出て小林明蚊帳店に勤める。小林蚊帳店は三代続いた蚊帳工場で社長の清(西尾友樹)は底抜けに人がよく修三を我が子のように可愛がる。その妻の悦子(佐藤みゆき)は空襲で負った足の傷にもめげず一家を支える。
店には弟の勉(岡本篤)、ベテラン蚊帳職人(林竜三)、幼馴染みの紙芝居屋、実(日比野線)取引先の寝具店社員松尾(浅井伸治)がいつも現れて賑やかだ。
60年代、まだ蚊帳が求められた時代、のどかな世の中だ。戦争が終わって15年後。暇さえあれば教科書を読んでいる修三を不憫に思った子供のいない主人夫婦は彼を定時制の高校に入学させる。
しかし、時代は東京オリンピックを迎え、折からの高度成長期で蚊帳は消えて生活スタイルは一変する。店は一人減り二人減り、修三は夜間大学に入学するも工場は閉鎖を余儀なくされる。店が傾きながらも修三を支える清。困っている隣人がいればほってはおかない無数のダニエル・ブレイクがいた時代。
弟の勉は土建屋に紙芝居屋は不動産屋に、職人は奈良に、そして清夫婦も妻の実家の宇都宮の牛乳屋に職を変えていく。大学に入って学生運動に身を投じ活動家になった修三は東京にとどまることに。
この芝居は、修三が人生で一番幸せだった小林蚊帳店の十年間を回想した芝居だ。日本人に「人情のようなもの」があった時を懐かしむが、それほど甘くはない。
修三は今は取り壊し寸前のアパートに変わってしまった昔の小林蚊帳店の場所で死を選ぶ。
3年後に東京オリンピックを迎える世界はおそらく、生きるに値しないと思ったのかもしれない。
高橋長英の抑制の利いた語りが芝居全体を静かに盛り上げる。声高にノスタルジーや昭和を懐かしむわけではないが、失われたものへの執着が静かな抗議になる。
間違いなく劇団チョコレートケーキの代表作になる芝居だ。
余談だが、数多のつまらない芝居が一万円近く取るなかで、この芝居は3500円、安すぎるといっておきたい。
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