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明日、清瀬けやきホールで「つながり亭マイク1本」●2014/6/23.記

中学に入学、小学校のときから相違相愛だったホームラン王の原克行くんと一緒の中学で嬉しかったのに。
2学期からよんどころない事情で大阪府内の北から南へ転校、友達はいなくなるし、物の見方や表現の仕方がまるで違うし、馴染めずに困った。
いじめは全然なかったし、みんなからチッカンと呼ばれていた近松さんが繊細で優しくて親切だったけど。
ふさいでる私を元気づけるように担任の先生から頼まれていたらしいチッカン。
が、校風の違いはいかんともし難く。
もっちゃりした中学からすっきり都会っぽい中学へ。
遠足のバスの中、マイクがまわってきた。
前の中学でよく吹いてた横笛で、「上を向いて歩こう」を。
横笛、珍しがられて注目を浴び、そこから級友と会話の糸がつながり、ようやくクラスに馴染めたのでした。
酔っぱらって帰って来る父を待ちながら、母と「夢であいましょう」を見てた。
笑いのない暮らしに、ほんのちょっとのアクセント。
「遠くへ行きたい」「上を向いて歩こう」はマジで泣いて1人で歌っていましたね。
遠くへ行きたかった。
後年、強引に実現。
その作詞家である永さんとお会いすることになろうとは夢にも思わなかったのです。
先日の国際フォーラムでのイベント「夢であいましょう」では涙涙でございました。
辛かった時代が重なり甦り。
ようやくここまで無事に来ました、奇跡だ、とも。
で、明日は清瀬けやきホールで、永さんをお迎えし、松元ヒロさん、山田雅人さん、林家彦いちさんという素敵な方々と御一緒に。
生まれ育った環境から、現在にいたる過程を線でなぞるなら、とてもそうはならないだろうという偶然のつらなり。
目的を決めて生きたことがないので、いえ、目的を決められるほど贅沢じゃなかったので、目の前の山を一つずつ越えて気がついたらこうなってたというのばかり。
面白いもんですね。
なんでこうなってるんだろう。
小さなつらなりでこうなっている。
結果、大きな漠然としたのぞみが叶えられている気がする。
不思議以外のなにものでもない今まで、そしてこれから。
明日、当日券ございます。
雨嵐になる予報もございます。
こんなときだからこそ、お越しあれ。
マイク1本で、語り、話し、訴え、評する方々が、いま、いないと。
そんな小さな渦、大事だよね。

オフィス名、いまは渦産業にしていますが
以前は絹産業でした。
世界遺産になった群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」のおかげで、もし絹産業のままだったら一躍検索数が伸びたところだったなあなんて。

さらに、志の輔事務所の名前もいっときオフィス富士山としていたことがありました。
富士山の真ん中の「士」を隠すと「富山」になるからなんつってつけたのだけど、これも世界遺産になっちゃって。

まさか、渦が産業になるわけないから、産業にならないからこその渦なので
アンチな概念シャッフルという意味でつけた名前、渦産業。
まさか世界遺産にはならんだろうなあ。

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